【本音】日本にいるのに英語が話せないと恥ずかしい?海外生活で感じた違和感
私は昔から、ずっと不思議に思っていることがあります。
それは、
「日本にいるのに、英語が話せないことを恥ずかしいと思ってしまう」
という感覚です。
外国人に話しかけられたとき。
仕事で急に英語を使う場面になったとき。
あるいは、日本人同士なのに英語で会話しなければならない雰囲気になったとき。
思うように話せないと、
「申し訳ない…」
「恥ずかしい…」
そんな気持ちになったことはないでしょうか。
私も昔はそうでした。
でもシンガポールに住むようになってから、
「あれ?そもそも、この感覚って変じゃない?」
と思うようになりました。
今日は、そんな私のモヤモヤについて書いてみたいと思います。
日本なのに、なぜ日本人が申し訳なくなるの?
もちろん海外なら分かります。
海外では英語が共通言語であることも多く、話せないと不便です。
でも日本は違います。
日本の公用語は日本語です。
生活も仕事も役所も病院も、日本語で成り立っています。
それなのに、
外国人と話す場面になると、
なぜ日本人だけが
「話せなくて申し訳ない」
という気持ちになるのでしょうか。
私は昔から、この感覚に違和感がありました。
シンガポールで気づいたこと
シンガポールには、
中国語
マレー語
タミル語
英語
という4つの公用語があります。
英語が話せる人はもちろん多いですが、
実際には第二言語として話している人もたくさんいます。
文法が多少違っても、
発音が違っても、
誰も笑いません。
完璧であることより、
伝えようとすること
の方が大切だからです。
日本人だけが英語にコンプレックスを抱えている?
私は、
この感覚は日本の英語教育も少し関係しているのではないかと思っています。
日本人は中学校から高校まで、
少なくとも6年間、
英語を勉強します。
大学受験でも英語は重要科目です。
だから、
「6年以上勉強したんだから話せて当然」
という空気がどこかにあります。
でも現実は違います。
英語を勉強することと、
英語を話せることは全く別です。
学校では、
英文法
長文読解
単語
テスト
が中心。
一方、
実際に英語を話す機会はほとんどありません。
つまり、
泳ぎ方の本だけ読んで、
一度もプールに入らず、
「泳げるようになって当然」
と言われているようなものです。
英語が話せる環境は、日本にはほとんどない
日本に住んでいる限り、
普通に生活していて英語を使う場面はほとんどありません。
スーパーも、
病院も、
市役所も、
会社も、
日本語だけで生活できます。
それなのに、
「英語が話せない」
ことだけが、
なぜか能力不足のように感じてしまう。
私はここに違和感があります。
本気で英語を話せる人を増やしたいのであれば、
教育だけではなく、
実際に英語を使う環境づくりも必要なのではないでしょうか。
海外に来て、英語への考え方が変わった
シンガポールに来て一番驚いたのは、
英語を母語としない人が本当に多いことでした。
皆さん、
完璧ではありません。
それでも堂々と話します。
伝わればいい。
そんな雰囲気があります。
だから私自身も、
以前ほど
「間違えたら恥ずかしい」
と思わなくなりました。
むしろ、
話そうとすること
の方が大切だと思えるようになりました。
最後に
もちろん、
英語が話せること自体は素晴らしいことです。
私自身も今でも勉強を続けています。
でも、
「話せない自分はダメだ」
と思う必要は全くありません。
日本にいるなら、
日本語を話せることは当たり前であり、
それだけでも十分な強みです。
英語はあくまで「もう一つの言語」。
話せれば世界は広がります。
でも、
話せないことを恥ずかしいと思う必要はない。
シンガポールに住んでみて、私はそう思うようになりました。
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